RAGの精度向上に関する最新事情
RAG(Retrieval Augmented Generation)は、大規模言語モデル(LLM)の生成能力とデータベースの検索機能を組み合わせた革新的な技術です。この手法により、正確かつ豊富な情報提供が可能になりました。
しかし、RAGの真の力を引き出すには、
検索精度の向上が不可欠
です。
RAGの回答精度を向上させるには、一般的にはベクトル検索、チャンク分割、データ構造化などの対策が必要です。
本記事では、より実践的な観点から、RAGの回答精度を向上させるための具体的な方法と最新の研究成果について詳しく解説します。
特に、
データの準備と構造化
、
最新のGraphRAG
と
Reranking技術
、
プロンプトエンジニアリングの重要性
に焦点を当て、
継続的な改善と最適化の重要性
を強調していきます。
Table of Contents
RAGのデータ準備の重要性と最適化手法
RAGシステムの構築において、適切なデータ準備は成功の鍵となります。以下に、効果的なデータ準備のプロセスとその重要性について詳細に説明します。
RAGシステムのデータ最適化:クレンジング、フォーマット統一、構造化
RAGシステムの性能は、データの質と構造に大きく依存します。適切なデータ準備と最適化は、システムの精度向上と効率的な情報検索・生成を実現する鍵となります。
以下では、重要なステップと最新の手法について詳しく説明します。
データクレンジングとフォーマット統一
データクレンジングとフォーマット統一は、RAGシステムの基盤を形成する重要なプロセスです。この段階での処理は、後続の全ての処理の精度と効率に直接影響を与えます。
主要なステップ:
- 不要な空白や特殊文字の削除
- 文字コードの統一
- 日付や数値のフォーマット統一
- テキストの正規化(略語や専門用語の統一、大文字小文字の調整)
- 重複データの削除
- 欠損値の適切な処理
注意すべき点:
- 一貫性の確保:全てのデータソースに対して同じ基準を適用
- 自動化の導入:効率的かつ正確なクレンジングの実現
- ドメイン知識の活用:データの文脈や意味を考慮したクレンジング
- 品質チェック:定期的な実施と継続的な改善
データの構造化
データの構造化は、RAGシステムの性能を大きく左右する重要な工程です。適切に構造化されたデータは、LLM(大規模言語モデル)による情報抽出と回答生成の精度を飛躍的に向上させます。
データ構造化の3つの重要ポイント:
-
情報抽出と回答生成の精度向上:
LLMがより適切な情報を抽出し、高精度の回答を生成 -
システムの効率性と安定性の向上:
処理効率の向上、長期的な性能の安定性確保、システムの拡張性向上 -
効果的な構造化手法の採用:
スキーマ設計、メタデータの活用、階層構造の導入
データ構造化は継続的な改善と最適化が求められるプロセスです。適切な構造化により、RAGシステムはユーザーにより価値ある情報を提供することが可能となります。
より効果的なデータ構造化手法に
最新の研究結果に基づく効果的なデータ構造化手法は以下の3点です。
- 質疑応答(Q&A)形式: データを質問と回答のペアに変換
- メタデータの活用: ドキュメントに関連するメタ情報を付加
- タイトル/本文形式: 情報を明確なタイトルと詳細な本文に分割
実装例:製品マニュアルのRAG最適化
実際の製品マニュアルを例に、RAGシステムのデータ最適化プロセスを具体的に示します。
❶製品マニュアルの内容(一例)
第3章: 製品の使用方法
3.1 電源の入れ方
1. 本体背面の電源ケーブルが正しく接続されていることを確認します。
2. 本体前面の電源ボタンを3秒間長押しします。
3. 起動音が鳴り、ディスプレイに起動画面が表示されます。
❷上記に対応する Q&A形式とメタデータ(一例)
{
"question":
"この製品の電源はどのように入れますか?"
,
"answer"
:
"1. 本体背面の電源ケーブルが正しく接続されていることを確認します。\n2. 本体前面の電源ボタンを3秒間長押しします。\n3. 起動音が鳴り、ディスプレイに起動画面が表示されます。"
,
"metadata"
:
{
"chapter"
:
"第3章: 製品の使用方法"
,
"section"
:
"3.1 電源の入れ方"
,
"product_name"
:
"スマートホームコントローラー"
,
"manual_version"
:
"1.2"
,
"last_updated"
:
"2024-03-15"
}
}
このような構造化により、以下の利点が得られます:
- 検索精度の向上
- 製品固有の回答生成
- バージョン管理
- 関連情報の提供
最新研究の知見
最新の研究成果は、RAGシステムの性能向上に大きな影響を与えています。ここでは、最新の論文で提案された手法とその効果について解説します。
これらの知見を活用することで、RAGシステムの性能を更に高めることが可能となります。
「Meta Knowledge for Retrieval Augmented Large Language Models」 論文で示された効果的な手法は以下の通りです(詳細は後述のメモ参照) 。
- 質疑応答(Q&A)形式とメタデータによる情報抽出の改善
- 質問(Q)とメタデータサマリによる検索の効率化
- クエリ拡張による検索精度の改善
これらの手法の組み合わせにより、従来のRAG手法と比較して、全ての評価指標で改善が見られたことが確認されてます。
実装における注意点
RAGシステムの実装には、理論的知識だけでなく、実践的な配慮も必要です。
ここでは、実際のシステム構築において注意すべき点を解説します。
これらの点に留意することで、より効果的かつ効率的なRAGシステムの構築が可能となります。
- 業務特性の考慮: 各組織の特性に合わせた最適な構造化手法の選択
- 汎用性と強力さのバランス: 汎用的かつ効果的な手法の選択
- 段階的な導入: データ構造化の過程を段階的に進め、効果を継続的に評価
以上のように、RAGシステムの構築において、
データの適切な準備と構造化
は不可欠です。
初期の投資は大きく感じられるかもしれませんが、長期的には大幅な性能向上とコスト削減
につながります。
最新の研究成果を取り入れつつ、各組織の特性に合わせた最適な手法を選択することで、より効果的で価値のあるRAGシステムを構築することができます。
適切なデータ準備と構造化により、RAGシステムは高精度の情報検索と回答生成を実し、ユーザーに価値ある情報を提供することが可能となります。
引用した論文の骨子
「Meta Knowledge for Retrieval Augmented Large Language Models」の論文は、大規模言語モデル(LLM)の性能を向上させるための新しいRetrieval Augmented Generation(RAG)手法を提案しています。この手法の主な特徴は以下の3点です:
-
QA(質疑応答形式)
とメタデータによる情報抽出の改善:
文書からQAの情報とメタデータを抽出することで、より構造化された知識を作成します。これにより、LLMが必要な情報をより効率的に利用できるようになります。 -
質問(Q)とメタデータサマリによる検索の効率化:
質問(Q)とメタデータのサマリー を使用して検索を行うことで、より関連性の高い情報を効率的に取得できます。これにより、検索精度が向上し、LLMへの入力情報の質が改善されます。 -
クエリ拡張による検索精度の改善:
ユーザーの質問を拡張し、より詳細な検索クエリを生成することで、検索精度をさらに向上させます。
この手法の有効性は、複数の評価指標(再現率、精度、特異性、網羅性、深さ、関連性)を用いて検証されています。結果として、従来のRAG手法と比較して、全ての指標で改善が見られました。
特に、 QA(質疑応答形式) と メタデータの抽出 、メタデータサマリの使用、クエリ拡張を組み合わせた手法が最も高いパフォーマンスを示しました。
この研究は、LLMの応用範囲を拡大し、より信頼性の高い情報提供を可能にする点で重要です。特に、最新情報や専門知識が必要な分野での活用が期待されます。また、この手法はコスト効率も高く、様々なドメインに適用可能であるため、今後のRAGシステムの実用化に大きな影響を与えると考えられます。
最新の研究成果:GraphRAGとReranking
RAGの検索精度向上に関する最新の研究成果として、GraphRAGとRerankingという二つの手法が注目を集めています。
1. GraphRAG
GraphRAGは 、従来のRAGモデルを拡張し、グラフ構造を活用して検索精度を向上させる手法です。この手法では、ドキュメント間の関係性をグラフとして表現し、より文脈に即した情報検索を可能にします。
例えば、あるトピックに関連する複数のドキュメントが存在する場合、GraphRAGはそれらの関連性を考慮して最適な情報を抽出します。これにより、単純なキーワードマッチングよりも高度な検索が可能となり、より適切な回答生成につながります。
RgaphRAGを直感的に理解 するためにたとえ話をします。
学校の図書館で「日本の歴史」について調べるとします。
普通のRAGは単に「日本」と「歴史」というキーワードで本を探すだけですが、GraphRAGはもっと賢く探します。
「鎌倉時代」の本を見つけたら、その本と関連のある「武士」や「源頼朝」についての本も一緒に探し出します。
さらに、それらの本の間のつながりも理解します。こうすることで、GraphRAGは「日本の歴史」についてより深く、幅広い情報を集められ、質問に対してより詳しく正確な答えを作ることができるのです。
2.Reranking
Rerankingは、初期の検索結果をさらに精緻化する手法です。
通常のRAGモデルでは、初期検索で得られた結果をそのまま使用しますが、Rerankingでは、これらの結果を再評価し、より適切な順序に並べ替えます。
具体的には、LLMを使用して各検索結果の関連性をスコアリングし、最も適切な情報を優先的に使用します。
この手法により、ノイズの多いデータセットでも高精度な情報抽出が可能になり、生成される回答の質が大幅に向上します。
RgaphRAGを直感的に理解
するためにたとえ話をします。
学校の文化祭で「最も人気のある出し物」を決めるとします。
最初に、来場者にアンケートを取って人気順に並べます。これが通常のRAGモデルの初期検索に当たります。
Rerankingは、この結果をさらに詳しく調べる段階です。
先生や生徒会役員が、アンケート結果だけでなく、各出し物の準備期間、創意工夫、来場者の滞在時間なども考慮して、もう一度順位をつけ直します。
これにより、単純な人気投票では見逃されていた、本当に素晴らしい出し物が上位に来る可能性が高くなります
このように、Rerankingは初めの結果をより深く分析し、より適切で正確な順位づけを行うことで、最終的な判断の質を大きく向上させるのです。
構造化データの自動生成:現状と課題
構造化データの自動生成は、RAGの検索精度向上において最重要テーマの一つですが、現時点では実用的な段階に達していません。
特に日本の場合、IRデータに図表を多用する文化があり、これらを自動的に構造化テキストに変換することは非常に困難です。
現在のベストプラクティスは、ナレッジのデータ形式を意識した管理・運用です。
具体的には、
QA(質疑応答形式)
や
タイトル/本文形式
でデータを作成し、メタデータを付与することが効果的です。
これは一見遠回りに見えますが、現時点では最も効率的なアプローチとなります。
また、生成AIを活用してメタデータの生成や分類、アノテーションを行うことで、データの整理と品質向上を図ることができます。
さらに、複数のデータソースを組み合わせることで、より正確な現状把握が可能になります。
このように、人間の介入を前提としつつ、AIの支援を受けながら段階的にデータの構造化と品質向上を進めていくことが、現時点での最適な戦略と言えるでしょう。
生成の最適化:プロンプトエンジニアリング
RAGシステムの精度向上には、検索(Retrieval)だけでなく、 生成(Generation)の最適化 も重要です。ここで鍵となるのが プロンプトエンジニアリング です。
自社の特性や要件に合わせてRAGシステムを最適化するには、システムプロンプトなどのプロンプトエンジニアリングが不可欠です。多くのRAGツールベンダーが自社用のプロンプトフォーマットを提供していますが、これらをもとに個別要件に合わせたカスタマイズが推奨されます。
パワハラプロンプトとは
パワハラプロンプト
とは、AIの出力に対して厳格な評価とフィードバックを繰り返し行うことで、回答の質を段階的に向上させます。
ただし、
過度に厳しいフィードバック
(後述の「メモ」参照)
は逆効果になる可能性があるため、建設的な指摘が重要です。適切に活用することで、RAGシステムの回答品質を大幅に向上させ、ユーザーにより価値ある情報を提供できます。
パワハラプロンプト手法の主なステップ:
- 基本プロンプトの作成:ベンダー提供のテンプレートを基に、自社用の初期プロンプトを作成
- 回答の評価:生成された回答の不適切な部分や改善が必要な箇所を特定
-
具体的な指示の追加:特定された問題点に対して、明確かつ厳格な指示をプロンプトに追加
例:「この部分は絶対に含めないこと」「必ずこの形式で回答すること」 - テストと評価:修正したプロンプトで再度生成を行い、結果を評価
- 繰り返し:満足のいく結果が得られるまで、このプロセスを反復
この手法を通じて、プロンプトエンジニアリングの専門知識がなくても、徐々に高品質なシステムプロンプトを作成することが可能です。適切に活用することで、RAGシステムの回答品質を大幅に向上させ、ユーザーにより価値ある情報を提供できます。
「 過度に厳しいフィードバック 」とは、AIの能力を超えた非現実的な要求や、感情的な批判、矛盾した指示を含む評価のことです。これにより、AIの出力が混乱し、かえって質が低下する可能性があります。
これらは過学習とは異なります。過学習は、モデルが訓練データに過度に適合し、新しいデータに対する汎化能力が低下する現象を指します。一方、「過度に厳しいフィードバック」は、モデルの使用時に与える指示の問題であり、学習プロセス自体には直接関係しません。
過度に厳しいフィードバックの例 を紹介します。
例1.非現実的な要求の例
:
「この回答は不十分です。世界中のすべての言語で同時に回答を生成し、それぞれの文化的背景も完璧に反映させてください。」
例2.感情的な批判の例:
「この回答は全くの的外れです。人工知能のくせに、こんな低レベルの回答しか出せないなんて恥ずかしくないですか?」
例3.矛盾した指示の例:
「もっと詳細に説明してください。ただし、回答は10単語以内に収めてください。また、専門用語は使わずに、高度な内容を含めてください。」
まとめ:継続的な改善と最適化の重要性
RAGの検索精度向上は、一朝一夕には達成できません。データの構造化、最新技術の導入、そしてプロンプトの最適化など、多面的なアプローチが必要です。また、技術の進歩は日進月歩であり、常に最新の研究成果や手法に注目し、システムに取り入れていく姿勢が重要です。
最後に強調したいのは、RAGシステムの構築と運用は継続的なプロセスだということです。初期段階で完璧なシステムを作り上げることは難しいですが、日々の運用とフィードバックを通じて、徐々に精度を向上させていくことが可能です。
RAGは強力なツールですが、その真価を発揮するには適切な準備と継続的な最適化が不可欠です。本記事で紹介した戦略と技術を参考に、皆様の組織に最適なRAGシステムの構築を目指してください。
以上
ケニー狩野( 中小企業診断士、PMP、ITコーディネータ)
キヤノン(株)でアーキテクト、プロマネとして多数のプロジェクトをリード。
現在、株式会社ベーネテック代表、株式会社アープ取締役、Society 5.0振興協会評議員ブロックチェーン導入評価委員長。
これまでの知見を活かしブロックチェーンや人工知能技術の推進に従事。趣味はダイビングと囲碁。
2018年「リアル・イノベーション・マインド」を出版。